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編集後記

中貝宗治元豊岡市長を取材して

今回の取材で、豊岡市のコウノトリの郷公園を訪ねたときのことだ。大空から舞い降りてきたコウノトリが幅約2mの翼を広げて頭の上を滑空した。慌ててスマホを構えたが、アッという間の出来事で、シャッターチャンスを逃した。巣立ちを控えた巣塔(高さ約10m、直径約1.6m)の幼鳥に親鳥が餌を運ぶ。飛翔するコウノトリの優雅な姿と圧倒的な力にしばらく夏空を見上げていた。

コロナ禍の谷間となった7月末、前豊岡市長の中貝宗治さんをインタビューするために豊岡市を訪ねた。インタビューでは中貝さんから1971年の野生のコウノトリの絶滅と人工飼育、そして中貝さんが市長時代に掲げた「コウノトリを飼育する町からコウノトリが舞う町へ」と野生復帰への取り組みを聞いた。YouTubeにアップしたインタビューを見た知人からコウノトリの話をもっと知りたいとメールが届いた。インタビューに出てくるコウノトリの野生復帰、その「前史」を紹介したい。

コウノトリの郷公園はインタビューの翌日に訪ねた。10年余り前、この公園に来たことがあり、今回が二度目だ。2005年9月から野生復帰のための試験放鳥が始まっていたが、まだ日が浅くコウノトリ文化館の隣にあるケージの中のコウノトリを見ただけだった。同公園によると、いまでは野外で確認された個体数は全国で263羽に上り、北海道から沖縄までコウノトリの飛来の報告があるという。今年の繁殖シーズンは終わり、豊岡市の30羽をはじめ、栃木県、千葉県、徳島県、島根県など全国27カ所で61羽の若鳥が巣立っていった。

公園の一角に元兵庫県知事の阪本勝氏の碑がある。

  ほろびゆくものは みなうつくしい

  しかし ほろびさせまいとするねがいは

  もっとうつくしい

と言う言葉が彫られている。

1955年、山階鳥類研究所の山階芳麿所長が阪本知事に「コウノトリが絶滅の危機に瀕している」と保護を訴えた。愛鳥家の阪本知事は豊岡市で小中学校の先生や児童生徒、父兄にコウノトリの保護を呼びかけ、「コウノトリ保護協賛会」が生まれた。1956年に国の特別天然記念物の指定を受けたが、野生のコウノトリは20羽に減少していた。「協賛会」は1958年に「但馬コウノトリ保存会」と改称され、事務局は県の北但財務事務所に置かれた。人工飼育は1965年に始まったが、最初に捕獲したつがいは間も亡くなった。1971年、野生で最後まで残っていたコウノトリを保護したが、ケガでふらふらになっており、1カ月後に死亡、日本での野生の個体群は消滅した。

人工飼育は悪戦苦闘の連続だったという。最初の24年間に55個の卵が生まれたが、どれもヒナに孵らなかった。卵の半数が無精卵で、残りは成長が途中で止まる中止卵だった。コウノトリの身体からは水銀やDDT、PCBが検出されており、孵化しないのは農薬が原因だと考えられた。1985年に兵庫県と姉妹提携しているロシア・ハバロフスク地方(当時はソ連)から6羽の幼鳥が届き、89年5月に待望のヒナが誕生した。人工飼育を始めて25年目のことだった。以後、ヒナの誕生が順調に進み、1994年に兵庫県と豊岡市はコウノトリの野生復帰への取り組みを始めた。

コウノトリは肉食で大型、食物連鎖の頂点にいる生き物で、餌を1日に500gも食べるという。ドジョウに換算すると、約80匹になる。豊岡の人たちはコウノトリの野生復帰に向けて農薬漬けの農業からコウノトリが暮らせるように転換を図ってきた。野生の絶滅から34年になる2005年9月、5羽のコウノトリが空に放たれた。2007年には人工巣塔でヒナが孵り、巣立った。農家、農協、市民団体、豊岡市、兵庫県などの努力でコウノトリが住めるような自然が蘇ったといっても良いのだろう。

コウノトリの保護、野生復帰の種を蒔いたのは、公園に碑が建つ阪本勝氏だろう。阪本氏は1899 年(明治32年)、尼崎市で生まれた。東京帝国大学を卒業し、毎日新聞学芸部の記者となった。その後、関西学院講師などを経て、戦前、兵庫県議、衆議院議員を務めた。戦後は1951年から尼崎市長、1954年から2期兵庫県知事を務めた。知事退任後は兵庫県立美術館館長を務めた美術評論家でもある。著書に戯曲で映画になった「洛陽餓ゆ」や「戯曲資本論」、随筆「市長の手帳」「知事の手帳」などがある。

コウノトリの野生復帰への道は、いま喧しいSDGsの先駆けと言える。阪本元知事による県庁ぐるみのコウノトリの保護活動という決断があればこそ、いま日本各地でコウノトリが飛ぶ姿が見える。中貝さんは、県議のころからこうした先人の努力を受け継ぎ、一つひとつ難問をさばき、具体化してきた。今回のインタビューで時代の先見性をどう実現するかを考えさせられた。時代の変わり目のいまこそリーダーには、目先のことに惑わされない時代を超えた大局観が求められている。

[参考文献]

・中貝宗治「地域をあげた市民の取り組み-コウノトリ」(山岸哲編著『日本の希少鳥類を守る』所収 京都大学学術出版会)

・千葉有紀子「豊岡のコウノトリの野生復帰事業の取り組みについての一考察」(平成26年度豊岡市コウノトリ野生復帰学術研究奨励論文)

・鷲谷いづみ編『コウノトリの贈り物』(地人書館)

・兵庫県立コウノトリの郷公園HP(親鳥と幼鳥の写真もhttp://www.stork.u-hyogo.ac.jp/

(文責 宇澤俊記)

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